一人暮らしを始めたあの日、私は途方に暮れていました。
引っ越しのダンボールに囲まれた6畳のワンルーム。家具も家電も、何もかもが足りない。必要なものリストを作ったら、A4用紙2枚分になりました。そして、通帳の残高を見て、さらに途方に暮れました。
「これ、全部揃えたら、いくらかかるんだろう…」
敷金、礼金、引っ越し代で、貯金はほぼ底をついていました。家具や家電を全部新品で揃える余裕なんて、ありません。
そんな時、姉が言いました。
「最初から完璧に揃えなくていいんだよ。まずは100均で揃えられるものは揃えて、少しずつ買い足していけばいいじゃん」
その言葉に背中を押されて、私は近所のダイソーに向かいました。そこで出会ったのが、110円のステンレス製やかんでした。
「やかんが110円?」
最初は信じられませんでした。ホームセンターで見たやかんは、安くても1,500円くらいしていたのに。
でも、「とりあえず、お湯が沸かせればいいか」と思って、買ってみることにしました。
これが、私と100均のやかんとの出会いでした。そして、このやかんが、私に「ちょうどいい暮らし」の大切さを教えてくれることになるのです。

一人暮らし初日、やかんに救われた
引っ越しの荷解きを終えて、ヘトヘトになった夜。
冷蔵庫はまだ空っぽ。近所のコンビニで買ったカップラーメンが、その日の夕食でした。
「お湯、沸かさなきゃ」
そう思って、ダイソーで買ったやかんを取り出しました。ステンレス製で、容量は約1リットル。シンプルな銀色のデザイン。特別おしゃれでもないけれど、特別ダサいわけでもない。
水を入れて、コンロに乗せて、火をつける。
ゴォーという火の音。やがて、やかんの中から、ゴボゴボという音が聞こえてきました。
「沸いた」
当たり前のことですが、なんだか感動しました。これが、この部屋で初めて沸かしたお湯。ここから、私の一人暮らしが始まるんだ、と実感した瞬間でした。
カップラーメンにお湯を注いで、3分待つ。出来上がったラーメンを食べながら、私は思いました。
「110円のやかんで十分じゃん」
その日から、このやかんは、私の生活に欠かせない存在になりました。

100均のやかん、こんな時に使っていた
一人暮らしの生活の中で、やかんは想像以上に活躍してくれました。
①朝のコーヒータイム
朝起きて、まず最初にすることが、やかんでお湯を沸かすこと。
私はインスタントコーヒー派なので、電気ケトルじゃなくても、やかんで十分。むしろ、やかんの方が一度にたくさんお湯を沸かせるので、便利でした。
コーヒーを飲みながら、スマホでニュースをチェックする。この朝の習慣が、一人暮らしの楽しみの一つになりました。
②カップラーメン・カップスープ
一人暮らしを始めたばかりの頃は、料理なんてほとんどできませんでした。だから、カップラーメンやカップスープが、主要な食事の一つ。
「ちゃんとしたもの食べなきゃな…」と思いつつも、疲れて帰ってきた夜は、やかんでお湯を沸かして、カップラーメンで済ませることが多かったです。
110円のやかんが、お腹を空かせた私を、何度も救ってくれました。
③お茶を淹れる
祖母からもらった緑茶の茶葉を、やかんで沸かしたお湯で淹れる。
実家にいた頃は、お茶なんて自分で淹れたことがなかったのに、一人暮らしを始めてから、お茶を淹れることの楽しさに気づきました。
特に、寒い冬の夜。温かいお茶を飲みながら、ぼーっとテレビを見る時間が、一日の疲れを癒してくれました。
④料理の下ごしらえ
料理を始めるようになってからは、やかんで沸かしたお湯を、料理に使うことも増えました。
- パスタを茹でる時、最初にやかんでお湯を沸かしておく(鍋でゼロから沸かすより早い)
- 野菜を茹でる時のお湯
- 食器を洗う前に油汚れを落とすためのお湯
「お湯を沸かす」という、ただそれだけのことですが、生活の中で本当に頻繁に必要になることを知りました。
⑤冬の湯たんぽ代わり
これは予想外の使い方でしたが、冬、やかんでお湯を沸かして、ペットボトルに入れて、簡易湯たんぽとして使っていました。
暖房費を節約したかったので、寝る時は湯たんぽで暖を取る。やかんが、寒い冬の夜も支えてくれました。
高いやかんを買おうとして、気づいたこと
100均のやかんを使い始めて、半年ほど経った頃。
少し生活に余裕が出てきて、「もっといいやかんを買おうかな」と思うようになりました。
雑誨屋で見た、おしゃれな赤いホーローのやかん。北欧風のデザインで、キッチンに置いてあるだけで絵になる。値段は4,500円。
「ボーナス入ったし、買っちゃおうかな」
そう思って、レジに持って行こうとした時、ふと思いました。
「待って。今のやかんの、何が不満なんだっけ?」
考えてみると、特に不満はありませんでした。
- お湯は問題なく沸く
- 注ぎ口からこぼれることもない
- 持ち手も熱くならない
- 半年使っても、壊れる気配はない
「じゃあ、何で買い替えようとしてるんだろう?」
答えは簡単でした。「おしゃれだから」。ただそれだけ。
もちろん、おしゃれなものを買うことが悪いわけじゃありません。自分の気に入ったものを使うことで、生活が豊かになることもあります。
でも、その時の私は、気づいたんです。
「今、十分満足してるのに、わざわざ買い替える必要はないんじゃないか」
結局、その日は何も買わずに帰りました。そして、家に帰って、あの銀色のやかんを見た時、なんだか愛おしく感じました。
「ありがとう。これからもよろしくね」
そんな気持ちでした。

100均のやかん、実際の使い勝手は?
1年以上使ってみて、100均のやかんの「リアルな使い勝手」が、よくわかってきました。正直に書きます。
良い点
①お湯を沸かす、という基本機能は完璧
当たり前ですが、お湯はちゃんと沸きます。高いやかんと比べて、沸くのが遅いということもありません。
「お湯を沸かす」という本来の目的において、110円のやかんで何の問題もありません。
②軽い
ステンレス製で、とても軽いです。お湯を入れても、片手で楽々持てます。
重いやかんだと、お湯を注ぐ時に手首に負担がかかりますが、このやかんは女性でも扱いやすい重さです。
③手入れが簡単
シンプルな構造なので、洗いやすい。食器用洗剤でサッと洗えば、すぐにきれいになります。
ステンレス製なので、錆びる心配もありません。
④壊れても気軽に買い替えられる
110円なので、もし壊れても、また買えばいい。この気軽さが、ストレスフリーです。
高いやかんだと、「大事に使わなきゃ」というプレッシャーがありますが、100均のやかんにはそれがありません。
気になる点
もちろん、完璧ではありません。正直に言えば、気になる点もあります。
①デザイン性は低い
シンプルな銀色のステンレス。おしゃれとは言えません。インスタ映えするような、素敵なキッチンを目指している人には、物足りないかもしれません。
ただ、私にとっては、「シンプル=飽きがこない」とも言えます。
②容量が小さめ
ダイソーのやかんは、だいたい1リットル前後。一人暮らしには十分ですが、家族で使うには小さいかもしれません。
来客があって、何人分もお茶を淹れたい時は、何度かお湯を沸かす必要があります。ただ、一人暮らしの私にとっては、むしろこのサイズ感がちょうどいい。大きすぎるやかんは、収納場所も取りますから。
③笛吹き機能がない
高いやかんには、お湯が沸いたら「ピーッ」と音で知らせてくれる笛吹き機能がついているものがあります。
100均のやかんには、それがありません。だから、火をつけたら、自分で気をつけていないといけない。
最初の頃、お湯を沸かしていることを忘れて、スマホをいじっていたら、やかんが空焚きになりかけたことがありました。慌てて火を止めましたが、危なかった。
それ以来、タイマーを5分にセットする習慣をつけました。今では、それも生活のリズムの一部になっています。
④持ち手が熱くなることがある
基本的には持ち手は熱くならないのですが、長時間火にかけていると、じんわり温かくなることがあります。
火傷するほどではありませんが、気になる人は、ミトンや布巾を使った方がいいかもしれません。
⑤注ぎ口から水滴が垂れることがある
お湯を注いだ後、注ぎ口から水滴が垂れることがあります。
高級なやかんは、注ぎ口の設計が工夫されていて、最後の一滴まできれいに切れるそうですが、100均のやかんは、そこまでの精度はありません。
私は、お湯を注いだ後、軽くやかんを傾けて、水滴を切るようにしています。ちょっとしたコツですが、慣れれば問題ありません。
総合評価:一人暮らしなら十分すぎる
気になる点もいくつか書きましたが、正直なところ、一人暮らしで普通に使う分には、全く問題ありません。
「高いやかんじゃないとダメ」という理由は、見つかりませんでした。
もちろん、デザインにこだわりたい人、笛吹き機能が欲しい人、大容量が必要な人には、向いていないかもしれません。
でも、「お湯が沸けばいい」「シンプルで使いやすいものがいい」「コスパ重視」という人には、100均のやかんは最高の選択肢だと思います。
100均のやかんで作った思い出
このやかん、ただの道具以上の存在になりました。このやかんと過ごした時間には、たくさんの思い出があります。
友達が初めて部屋に来た日
一人暮らしを始めて1ヶ月後、大学時代の友達が、初めて部屋に遊びに来ました。
「お茶淹れるね」と言って、やかんでお湯を沸かしました。
友達は、やかんを見て言いました。
「これ、100均のやかんじゃない?私も使ってる!」
「え、マジで?」
「うん、一人暮らし始めた時、お金なくて、とりあえず100均で揃えたの」
「私も同じ!」
二人で笑いました。きっと、全国の一人暮らし大学生の家には、この銀色のやかんがあるんだろうな、と思いました。
貧乏学生の必需品。でも、それが恥ずかしいことじゃなくて、なんだか誇らしい気持ちになりました。
風邪を引いた日
一人暮らしで初めて風邪を引いた日。38度の熱が出て、体がだるくて、動けませんでした。
実家なら、母が看病してくれたのに。今は、誰もいない。
それでも、お腹は空くし、喉は渇く。
ふらふらしながら、やかんでお湯を沸かして、生姜湯を作りました。温かい生姜湯を飲んで、布団に潜り込む。
「一人でも、なんとかなるもんだな」
そう思いました。やかんが、心細い一人暮らしの夜を、少しだけ温かくしてくれました。
就活が終わった日
長かった就活が終わった日。第一志望の会社から内定をもらって、家に帰ってきました。
嬉しくて、誰かに報告したくて、でも両親には後で電話しようと思って、まず一人でお祝いしようと決めました。
やかんでお湯を沸かして、いつもより少し高級な紅茶を淹れました。ケーキはなかったけれど、コンビニで買ったシュークリームを添えて。
一人、小さなテーブルで、紅茶とシュークリームで、ささやかなお祝い。
「頑張ったね、私」
やかんから立ち上る湯気を見ながら、そう呟きました。涙が出そうになりました。
このやかんと一緒に、就活を乗り越えたんだな、と思いました。
彼氏が初めて泊まりに来た日
付き合い始めて3ヶ月。彼氏が初めて、私の部屋に泊まりに来ました。
朝、彼が言いました。
「コーヒー飲みたいな」
「うん、淹れるね」
やかんでお湯を沸かして、二人分のコーヒーを淹れる。彼は、キッチンに立つ私の後ろ姿を見て、言いました。
「なんか、いいね。こういうの」
「何が?」
「朝、一緒にコーヒー飲むの。将来、結婚したら、毎日こんな感じなのかなって」
顔が赤くなりました。でも、嬉しかった。
「このやかん、100均なんだけどね」
「え、そうなの?全然わかんなかった。むしろ、シンプルでいいと思う」
彼のその言葉で、私は確信しました。高いものが良いわけじゃない。大切なのは、それを使ってどんな時間を過ごすか、なんだと。
100均のやかんが教えてくれたこと
2年以上、このやかんを使い続けて、私はたくさんのことを学びました。
①「必要十分」という考え方
世の中には、もっと高性能な、もっとおしゃれな、もっと高いやかんがたくさんあります。
でも、「必要な機能」を満たしていれば、それで十分なんだと気づきました。
私に必要なのは、「お湯を沸かせること」。それ以上でも、それ以下でもない。
110円のやかんは、その必要を完璧に満たしてくれました。
この「必要十分」という考え方は、やかんだけじゃなく、他の生活用品にも当てはまります。
高いから良い、安いから悪い、ではない。自分にとって必要な機能があるかどうか。それが大事なんです。
②「値段と価値は違う」ということ
110円のやかん。たった110円です。
でも、このやかんは、私の一人暮らしの2年間を支えてくれました。何百回、何千回とお湯を沸かしてくれました。
1回使うごとのコストを計算したら、1円以下です。
一方、もし私が4,500円のやかんを買っていたら、それは本当に「4,500円分の価値」があったでしょうか。
おそらく、できることは同じです。お湯を沸かすこと。
もちろん、デザインの美しさや、所有する喜びという価値はあるでしょう。でも、機能面では、110円のやかんと大差ないはずです。
値段が高いから価値がある、とは限らない。本当の価値は、それを使って、どれだけ豊かな時間を過ごせるか、なんだと思いました。
③「丁寧な暮らし」は高いものじゃなくてもできる
インスタやYouTubeで、「丁寧な暮らし」を発信している人たちを見ると、みんな高級な道具を使っているように見えます。
おしゃれなやかん、高級な食器、ブランドの調理器具。
「丁寧な暮らし」って、お金がないとできないのかな、と思っていました。
でも、違いました。
100均のやかんで、丁寧にお湯を沸かすことはできます。そのお湯で、丁寧にお茶を淹れることもできます。
大切なのは、道具の値段じゃなくて、心の持ちようなんだと気づきました。
毎朝、やかんでお湯を沸かして、ゆっくりコーヒーを淹れる。その時間を大切にする。それだけで、十分「丁寧な暮らし」だと思います。
④「壊れるまで使う」ことの大切さ
現代社会は、「消費」を促します。新しいモデルが出たら買い替える。流行が変わったら買い替える。
でも、まだ使えるものを捨てるのは、もったいない。
私の100均のやかんは、2年経った今も、現役です。少し表面に傷がついて、持ち手の部分に使用感が出てきましたが、まだまだ使えます。

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